2005年6月期 平和の日 教話 <黒田先生>
皆様こんにちは、今日は、信仰生活心得第二条「人や物事や天候の不足などを思わず自分の考えや
仕方の足りないところを発見し何事にも創意工夫の精神を忘れぬようにいたします」についての
体験談をさせていただきます。
ある日、突然、教会の都合が入ったので、この日は、午前中は予定を空けておいてくださいと
言われたことがありました。
確かその日は、担当している大切な会議を入れていた様な気が…。
大丈夫かなと思いつつも教会の都合ならしょうがないと言葉では、はい分かりましたと返事いたしました。
システム手帳のスケジュールを確認しましたら、やはりその日は、会議が入っておました。
「あらあ、入ってるわ….」という思いでスケジュールを見つめていると、心の中で、何でこの日に限って…。
いったい誰が決めたのかな….。せっかく委員会のメンバーと一緒に日程を決めたのに、と
むらむらした思いがしてきました。
私は、いつも自分が楽しくない気持ちになった時には、日頃から稲村先生に教えていただいている
「楽しくない思いになってるときは、どこか道を外している時だよ」ということを思い出します。
その日は、ある体験談を思い出しました。
稲村先生が呉教会で指導部長と教会長を兼務されているとき、当時広島におられた須田正昭先生に
用事を頼まれて急遽、広島中央教会に来なくてはならなくなったという体験談でした。
稲村先生が、電話を受けたのは、ブロックの婦人会の大会か何か大きな行事があった日で、
丁度これから始まろうとしていた時だったとか。
親さんから大切な用事を頼まれた時には、それは出来ませんということの無いように
毎日遂断っていた稲村先生は、迷わず分かりましたすぐに参りますと了解し段取りをつけて
飛んで行ったとのことでした。
そんな、稲村先生と今の私とを比べるのもどうかと思いますが、「こんなことじゃいかんな」と
反省の思いになりました。
新たな日程を決めるため、委員長さんにお詫びのお電話を入れさせていただきました。
以外にも委員長さんは、「ああ、そうですか、それなら次はいつにしますか。皆さんにお伝えします」と
あっさりと対応してくださいました。あまりにも、さらりと受け止めてくださいましたので、少々拍子抜けしました。
こちらの一方的な都合で突然の変更なのに冷静に受け止めれるとは、凄いなさすがだなと感心させられました。
ある会員さんが、引越をされるとのことで、遷座祭の約束を一ヶ月くらい前からしていましたが、
私の都合でどうしても時間をづらしていただかなければならなくなりました。
嫌な思いをされるだろうな申し訳ないなと思いつつ、お詫びとお願いのお電話をいたしましたら。
二つ返事であっさりと了解してくださいました。
そこでまた、私はこの人も凄い人だな何でそんなに柔軟に思えるのだろうと不思議に思えました。
「自分は、自分がこうと決めたことが変えられるのは嫌いなのに…」
信仰生活心得第二条「人や物事や天候の不足などを思わず自分の考えや仕方の足りないところを発見し
何事にも創意工夫の精神を忘れぬようにいたします」この心得の冒頭の部分をこう入れ替えてみました。
「自分がこうと決めたことを変えなきゃいけないときに、不足など思わず…」
日頃から、稲村先生から、「心が我に囚われていると英知が閉ざされる、神業に乗り遅れる」と
教えていただいております。
一度こうと決めた思いを変えるのを嫌がって、いつまでもそのことに囚われていると
次の創意工夫する心が授からない。
神様からピンチから抜け出すアイディアが授からないというのです。
いつだったか、稲村先生の教話の中で「はい喜んで!」っていうお話がありました。
爽やかな感じがしまして結構気に入ってます。
まず、型から入るとも教えていただいているので、「はい喜んで!」を口に出して言ってみました。
なんだか楽しい感じでした。それも創意工夫の一つなんでしょうね。
どんな神業にも喜んで対応して行けるようになるための修行と思って取り組んで行きたいと思います。
まだまだ、心境至らない私ですが、今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
